「私」と「あなた」の間

対人援助,生死,苦しみ,答えの無い問いに対しどのように考えるかを発信していきます。

本当の自分?

自分らしさに似た言葉としては,”本当の自分”というものがあります。

この,”本当の自分”という存在の有無は人にによって異なるようです。

 

“本当の自分”というものを見つけた人は“いる”と答え,見つけていない人は“いない”もしくは“探している途中”と答えます。そのくらい曖昧な存在です。

そうなると結局いるの?いないの?ということになります。

ここでは,その答えを一つをご紹介します。

 

人間を意味する言葉の一つに英語のperson(パーソン)というものがあります。

これは,ラテン語のpersona(ペルソナ)が語源と言われており,もともとは“仮面”を意味していました。

 

人は,社会生活の中でその状況に合わせた様々な顔(仮面)を持っています。

職場,家庭,友人との交流,一人の時間などそれぞれの状況で態度や役割りが変わっています。しかし,状況によって変わる顔のどれもが自分自身であるというものです。

 

つまり,自分自身とはペルソナ(仮面)の集まりなのであり,”本当の自分”という絶対的な一つの顔があるのではなく,

状況によって変わる顔のどれもが自分自身であり,いわゆる“本当の自分”なのかもしれません。

 

【参考文献】

泉谷閑示 (著):仕事なんか生きがいにするな.幻冬舎新書

自分らしさ

生きる意味を考える時,”自分らしさ”もまた悩みを対象となったりします。

生きる意味と似たような悩みに,”自分らしさ”というものがあります

 

「自分らしくない」

「自分らしく生きたい」

 

そんな言葉をよく耳にします。

まず大きな勘違いとして, ”自分らしさ”というものは“自分”の中から溢れてくるものではないということです。

 

そもそも人間は,生まれてからは親や周囲の人の助けがなければ生きることができません。そして,成長する中で,周りが自分の名前を呼び,役割りが与えられ,それに反応していくことで”自分”が形成されていくわけです。

 

ようは,自分の人格はこれまで出会ってきた他者との関係性や環境によって創られています。

 

極端なことを言えば,自分が何もかもを望んで今の”自分”になったわけではないということです。

そのように考えると,そもそもが望んで今の”自分”になったわけではないのだから,今が”自分らしくない”という思いになっていたとしても悩む必要もなくなるかもしれませんね。

 

【参考文献】

南 直哉(著):心が楽になる生き方.アスコム

思考の原点を探る

当たり前のことですが,一つのテーマを複数人で話し合えば考え方や意見が分かれると思います。

「何でこの人こんなこと言うの?」

「どういう考え方してるの?」

というように,相手側に疑問を持ったりするものです。

しかし,ここでは自分の考え方や意見に焦点を当ててみたいと思います。

なぜ私はその考えを持つようになったのか?を考えてみたいのです。

 

そもそも,生まれた時から自分の意見や考えを持ってる人などいません。

育ってきた環境や出会った人との関わりの中で自分の考えや意見を持つようになっていくわけです。

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極端なことを言えば,自分の考え・意見といっても,全て自分の中から出てきているわけではなく,外からの影響を多大に受けているということです。

ですので,自らの人生の物語を振り返ることで自分自身を思考の原点を垣間見ることができます。

 

そして,自分の思考の原点を振り返って時に考えてほしいのは,他者にも自分と同じように人生の物語があるということです。

 

自分の思考の原点を知ることで,意見の異なる他者にも共感を示すことができるようになるのではないでしょうか。

答えのない問いを考える

答えのない問いはその名の通り答えが無いので,そのまま考えていてもモヤモヤするだけで終わってしまうことがあります。

なので,考え方を少し変えてみましょう。

 

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まず一つは,原因を考える方法です。

答えの無い問いを日常的に考えている人は少ないと思います。それでも,考えるようになったのは,何かきっかけがあったのではないでしょうか?そのことを振り返って考えてみる方法です。

 

もう一つは,結果を考える方法です。

その答えを知ってどうなりたいのかということです。どうなりたくてこの問いを考えているのかを考える方法です。

 

いずれにしても,答えの無い問いを考えるということは自分の置かれた状況に何かしらの不安や不満がある状態かと思います。

そういった中で思考を巡らすことで,自分の中での新しい気づきや,今まで考えてこなかった別の問いが生まれ,現状を変えるきっかけになってくれたら幸いです。

生きる意味(2)

生きる意味を考えるとして,その問いはあまりにも壮大です。
ですので視点を変えて考える方法があります。
 
私の生きる意味は何か?
(変換)
「なぜ,私は生きる意味を考えるのか?」
 
こうすると考え方が変わるのではないでしょうか。
何がこのような問いを生み出しているのか?を考えられるかもしれません。
 
かつての高度経済成長期の日本では,生きる意味を深く考える必要はあまりなかったとも言われています。現代のようにモノがない時代,働けば給与は増え,それで欲しいものを買い,生活を豊かにしていくことが多くの人にとって生きる意味だったのでしょう。しかし,現代はそうではない。モノは溢れ,生活は豊かになりました。多くのものが満たされた反面,生きる理由が分かりにくくなったとも言えます。
 
自分の近況を振り返ってみると,何か発見があるかもしれません。
 
 

【参考文献】

上田紀行(著):生きる意味.岩波新書

 

生きる意味(1)

「自分の生きる意味って何だろう?」

「私が生きてる意味ってあるのだろうか?」

 

こんな風に,多くの人が一度くらいは「生きる意味」について考えたことがあるかと思います。人間はただ生きるだけでも”意味”を求める動物です。

さて,ここでいう「意味」とは,国語辞典に記載されているような「言葉の意味」ではなく,物事の経験や他者との出会いなどで体験されるある種の方向性のことを指しているかと思います。

 

しかし,残念ながらこの世に絶対の真理はありません。時に科学的根拠という言葉を絶対的なことのように語る人がいますが,それは間違いです。科学的とは「確からしい」,「ありそう」という程度のものなので,絶対的なものではありません。

 

ですので,生きる意味は何か?という問いに対する絶対的な答えもありません。

生きる意味を求めるのであれば,過去の偉人や自己啓発本に答えを求めるのではなく,各々がそれぞれの人生の中で見つけていかなければなりません。

 

【参考文献】

中山裕次郎(著):幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと.幻冬舎新書

森 博嗣(著):科学的とはとういう意味か.幻冬舎新書

問いではない問い

私たちは時に問うてないのに問いかけることがあります。

「なんでこんなこともできないの?」

「なんでこんなに面白いの?」

などの表現です。

 

これらは問いではない問いです。

質問形式での感情表現と言えるかもしれません。

例えばこれを喜怒哀楽に当てはめてみましょう。

 

喜:どうしてプレゼントがあるの?

怒:なんでこんな失敗したの?

哀:どうしてお別れしないといけないの?

楽:なんでこんなに面白いの?

 

このように質問形式で聞いてはいますが,答えがほしいわけではないと思います。

仮に「なんでこんなに面白の?」という質問に対し,面白いと思われる理由を説明しても,「なるほど!そういう理由で面白いのですね!」とはならないかと思います。

本当に答えを求めている場合もあるかもしれませんが,ごくわずかでしょう。多くの場合で問いではない問いは,答えることができませんし,言った方も答えを求めているわけではありません。

 

答えなき問いを考える時は,真に問いなのか,問いではない問いなのかを判別する必要があります。

 

【参考文献】梶谷真司(著):考えるとはどういうことか.幻冬舎新書